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症例20:鼻の色素性脱毛
(雑種犬,10歳齢,♀)

 約3年前に尾の脱毛が生じた。その後脱毛は躯幹を中心に徐々に拡大し、平成15年5月13日当センター紹介受診。躯幹のび漫性薄毛とともに、色素斑(図)が鼻梁、腰背部、大腿尾側、尾に観察された。また腋窩や鼠径などに表皮小環も認められた。最近は散歩を好まず、冬はストーブの前にいることが多くなった。

臨床診断のポイント

 色素斑(しきそはん)とは、色が濃くなり褐色、黒褐色、紫灰色などを呈した限局的な色調の変化です。ほとんどの色素斑はメラニン色素が増加した黒色を呈し、その病態はメラノサイト増殖とメラニン色素の過剰産生に大別されます。なお斑にとどまらない広範な色素の増加は色素沈着と呼ばれます。
 黒色の色素斑は通常1カ所ないし数カ所に分布する限局的な皮疹であり、その多くはメラノサイト疾患(母斑、黒子、黒色腫)、また感染・炎症、物理的刺激、表皮増殖疾患、紫外線、皮温低下などによるメラニン色素の過剰産生に起因しています。自験例のように規則的かつ広汎に色素が分布する場合には内分泌疾患(性ホルモン失調、甲状腺機能低下症)および関連疾患(いわゆる脱毛症X、季節性けん部脱毛症、剪毛後脱毛症)によるメラニン色素の過剰産生が予想されます。また鼻梁の色素斑は物理的刺激と甲状腺ホルモンの関与が多く、他の徴候も含め自験例の皮疹は甲状腺機能低下症に合致しています。なお甲状腺ホルモン失調は原発性なし続発性に生じることから、確定診断には治療的評価を含めた多角的な検討が必要です。

初診時方針のポイント

 内分泌疾患および関連疾患を疑う症例では常に血液検査を実施しますが、特徴的な異常を示すのはクッシング症候群に限定され、その他の疾患は非特異的所見しか示しません。甲状腺機能低下症を示唆する検査成績として貧血、コレステロールの上昇などが報告されていますが、その診断には治療的評価が不可欠です。甲状腺の内分泌学的検査としてT4、T3、遊離T4、cTSHの測定が可能ですが、いずれも治療内容や予後を確定する検査にはならず、当施設ではT4値とスクリーニング検査として汎用しています。T4値がラボ参考値の平均を上回る場合には本症を一旦除外し、T4値が平均以下ないし低値を示す場合は、甲状腺機能低下症の治療的評価に移ります。

甲状腺機能低下症の確定診断

 甲状腺機能低下症の確定診断には合成レボチロキシンによる治療的評価が不可欠です。甲状腺機能失調の程度には個体差があることから、成書に記載された規定量(20μg/kg BID)を目安とし段階的に増量します。はじめに5〜10μg/kg BIDで1週間治療し、その後臨床像を観察しながら1週間をメドに1回投与量を5μg/kgずつ増やし、明らかな臨床像の変化をもって適量と判断します。同量による治療で略治後、投薬を一旦中止します。休薬による再発がみられた症例は本態性甲状腺機能低下症と診断し生涯にわたる維持療法が要求されますが、休薬による再発を認めない症例は一過性の続発性甲状腺機能低下と診断し、それ以上の治療を必要としません。