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症例49:肉球の付着物
(DSH,14歳齢,去勢♂)

3年前より鼻と足底にかさぶたがみられ漸次拡大、随時抗菌薬で治療され平成24年4月18日当科紹介受診。発症に先立って子猫が同居した。右口吻、鼻梁、右手掌に黒褐色の付着物を伴う皮疹がみられた。

臨床診断のポイント

皮表の付着物として鱗屑(りんせつ)scaleと痂皮(かひ)crustがみられます。鱗屑はいわゆる“ふけ”です。これは表皮角層の剥脱物であり、表皮の細胞増殖が顕著な場合、角層の固着力が増強した場合、水疱や膿疱が先行した場合に生じます。乾燥したものは白色を、また脂肪分の多いものは黄色を呈します。通常は外的要因として微小気候、物理化学的刺激、感染症、内的要因として先天性疾患、角化症、代謝異常、免疫介在性疾患などを検討します。一方痂皮はいわゆる“かさぶた”のことで、角質と浸出液、血液、膿または壊死組織が凝固付着した状態です。外的要因(物理化学的刺激、感染症)や内因的要因による表皮の炎症や欠損、あるいは構造異常により生じます。血液性の痂皮は茶色または暗赤色を呈し血痂と呼ばれます。自験例でみられた付着物は黒褐色を呈した不整な性状から、痂皮と判断されます。猫にみられる痂皮は圧倒的に外傷が多くその基底としてアレルギーを含めた皮膚炎、あるいは精神的要因による自傷を予想します。一般に前者は規則性、後者は偏在する傾向があります。自験例では後者が予想され、また高齢猫における偏在性病変より表皮の感染症(ブドウ球菌、皮膚糸状菌)や増殖性疾患(疣贅、Bowenoid in situ carcinoma、有棘細胞癌)に配慮が必要です。

初診時方針のポイント

自験例は発症に先立って生活変化があり、感染症、特に皮膚糸状菌症と精神的要因に留意する必要がありました。皮膚糸状菌に対して皮膚掻爬により採取した痂皮と鱗屑を鏡検、さらに真菌培養検査、また参考としてウッド灯検査を施行しましたがいずれも陰性でした。細菌感染には細胞診や細菌培養検査を実施しますが、猫のブドウ球菌感染は犬ほど日常とは言えず、通常は汚染菌として関与しています。したがって確定には皮膚生検や治療的評価を含めた多角的な評価が要求されます。精神的要因については常に配慮が必要ですが、われわれはまず始めに身体疾患を充分に評価する義務があります。自験例の皮疹は痂皮の基底となる表皮にやや不整な隆起があり、高齢であることから増殖性病変を評価すべく皮膚生検を実施、Bowenoid in situ carcinomaと診断されました。もちろん生検に先立って直接塗抹、あるいは針穿刺吸引による細胞診も有用ですが、表皮増殖性疾患の確定診断には病理診断が不可欠です。